電気を消してから、3分泣く
2月の深夜0時52分。大阪本町のワンルーム、6畳の部屋の電気を消した。
布団に入る。スマホを伏せる。そうすると決まって3分以内に、涙が出てくる。
理由はない。仕事で特別に嫌なことがあったわけじゃない。大阪本町の広告代理店に入って2年目、新しいクライアントのプレゼンが通らなかったり、先輩に詰められたりする日もある。でもそれとは別の泣き方だ。もっと根っこの部分から来る、じわっとした泣き方。
2月に始まって、3月になっても続いた。
生理前の1週間は特にひどい。月に1回必ずやってくる「あの週」。仕事中でもデスクの前でいきなり鼻の奥がツンとして、化粧室に駆け込む。去年から数えると、PMS関連で有給を3枚消化した。24歳で有給を3枚、感情の制御に使った。同期が1人先月辞めて、自分も転職サイトを開いては閉じる日々。でも本当の問題は仕事じゃない気がしていた。
体の中で、何かがずれていた。
婦人科の白い部屋で、自分の数値を初めて見た
3月の第2土曜日、本町から地下鉄御堂筋線で2駅の婦人科に初めて行った。
「生理前に感情のコントロールができなくなる」という主訴で受診して、ホルモン検査を受けた。エストロゲンの数値を見て、先生は少し眉を寄せた。「年齢のわりにやや低めですね」。
ピルを選択肢として提示されたが、まだ決められなかった。「生活習慣から変えられることはありますか」と聞いた。
先生が質問してきた。「土日、何時に起きますか」
「11時か12時くらいです」
「それです」
たった一言だった。「まず朝7時に起きて、5分だけカーテンを開けてください。それだけ始めてください」
サプリでも漢方でも食事制限でもなく、朝の光。その言葉の意味を帰り道で調べながら、初めて自分の体に向き合った気がした。
週末の「時差ボケ」が、月曜の涙を作っていた
女性ホルモン——エストロゲンとプロゲステロン——の分泌リズムは、体内時計と深く連動している。
朝7時に光を浴びると、脳の奥にある視交叉上核が「今が朝7時」という信号を全身に送り出す。その信号が14〜16時間後にメラトニン(睡眠ホルモン)の分泌を始めるトリガーになる。この昼夜リズムが整っているとき、性ホルモンの分泌サイクルも比較的安定する。
逆に言えば、体内時計が毎週リセットされると、ホルモンの分泌パターンも毎週揺らぎ続ける。
私の問題はここだった。平日は満員の御堂筋線で本町に8時45分着の生活なのに、土日だけ遮光カーテンを閉めたまま11時まで寝ている。週2日、体が「今日は日曜、朝は11時から」と覚え込む。毎週末4時間の時差ボケを繰り返しているのと変わらない。
月曜になっても体内時計は「まだ週末のズレ」を引きずっている。エストロゲンの分泌リズムも、そのズレを反映する。
「深夜の理由なき涙」の一因が、週末の遮光カーテンだった可能性がある。
ファミマの袋の中に、答えはなかった
婦人科からの帰り道、いつものファミマに寄った。
サラダチキン塩味(198円)と無糖の炭酸水。帰宅後、食べながら先生に言われた別の言葉を反芻した。
「プロゲステロンはビタミンB6と亜鉛が材料の一部になります。生理前の1〜2週間、感情が不安定になりやすいのはプロゲステロンが急落するタイミングと重なっている女性が多いです。食事でこの栄養素が慢性的に不足していると、分泌が不安定になりやすい」
ビタミンB6は鶏肉に入っている。サラダチキンは悪くない。でも亜鉛は——牡蠣、赤身肉、カシューナッツ。コンビニ生活では全然取れていない栄養素だ。
毎晩ファミマのサラダチキンと缶チューハイという食生活で、ホルモンを安定させる「材料」が足りていなかった。女性ホルモンは体が勝手に作り出すものじゃない。材料を供給しなければ、工場は稼働を落とす。
24歳、家賃7万2千円のワンルームで、深夜1時まで転職サイトを開いては閉じながら、体の底が抜けていくのを感じていた原因の一つがそこにあった。
深夜1時のNetflixが、ホルモンを削っていた
もう一つ、先生が言った。
「夜10時以降にスマホやPCの画面を長時間見ていると、脳が『まだ昼間』と誤解してメラトニンの分泌が遅れます。入眠が後ろにずれるだけじゃなく、睡眠の質自体が変わります。深い睡眠中に性ホルモンの分泌がピークになるので、睡眠の質が下がるとホルモン分泌も下がります」
週末は深夜1時まで、平日は0時半まで、Netflixかインスタを見ていた。
これを聞いたとき、少し腹が立った。「だからサラダチキンとNetflixで暮らしてる私が悪い、って言いたいのか」という気持ち。でもそれは感情の八つ当たりで、事実は事実だ。
スマホの画面が睡眠を削り、睡眠の質がホルモンを削り、ホルモンの乱れが感情の振れ幅を作っていた。連鎖の中に私はいた。
3週間で変えた3つのこと——難しいことは何もなかった
4月に入って、3つだけ変えた。
朝7時のアラームを土日も設定する。
最初の土曜、7時に目が覚めた瞬間「なんで起きてるんだろう」と思った。でも5分だけカーテンを開けて、また寝ていい。それだけで、体内時計へのシグナルは送れる。
週3日、亜鉛を意識する。
本町から帰る途中のスーパーで牡蠣の缶詰(オイル漬け、148円)か木綿豆腐を買う。コンビニより安い日もある。帰り道にファミマへ直行するルーティンを週3回だけ崩す。
深夜1時以降のNetflixをやめる。
これが一番きつかった。でも意志の力に頼らない方法にした。1時になったらタイマーでルーターの電源が落ちるよう設定した。スマホの電源を切る必要もない。
この3つを続けて3週間後、深夜の「3分間」がなくなった。
完全にではない。生理前の1週間はまだしんどい。でも理由のない、底から来るような泣き方は止まった。
エクオールと漢方——買う前に数値を見る
先生から「食事だけで補いにくい部分はサプリで補完するのも選択肢の一つ」と言われて、いくつか調べた。
エクオールという成分を初めて知ったのはこのときだ。大豆イソフラボンが腸内細菌によって変換される物質で、エストロゲンに似た働きをすると言われている。エクオールを含むサプリはドラッグストアでも手に入り、2026年現在、選択肢は増えている。ただし大豆イソフラボンをエクオールに変換できる腸内環境を持っているかどうかは人によって違い、自分がどちらかはわからない。
婦人科でもう一つ処方されたのがツムラの漢方・桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)。のぼせ、肩こり、生理前の情緒不安定に使われる漢方で、2ヶ月飲んで「有給を使いたくなる感覚」が少し和らいだ。すべてが漢方の効果とは言い切れないが、生活習慣の変化と重なって、体の底が少し安定した。
ただし、順番がある。エクオールのサプリや漢方を選ぶ前に、婦人科でホルモン値の血液検査を受けること。自分の数値を知ることが最初のステップで、その後で何を補うかを選ぶ。
検査費用は初診料込みで3,000〜5,000円程度。有給1枚分より安い。
2026年4月、今の私に言えること
女性ホルモンを整える生活習慣、と検索すると「大豆を食べましょう」「ストレスを減らしましょう」という記事が今日も大量に出てくる。
間違ってはいない。でも深夜0時52分に理由もなく泣いている24歳に、「ストレスを減らしましょう」は届かない。
私が実際に変えたのは、土日の遮光カーテンを5分だけ開けること、週3日だけ牡蠣の缶詰を買うこと、深夜1時にルーターのタイマーを切ること。それだけだ。健康オタクにならなくていい。仕事を変えなくていい。大阪本町の広告代理店で同期が辞めた環境のまま、家賃7万2千円のワンルームのまま、変えられる部分だけ変えた。
もし今、生理前の1週間に感情の制御が難しいと感じているなら——まず婦人科で血液検査を受けてみてほしい。エストロゲンとプロゲステロンの数値を一度見ること。エクオールのサプリや漢方(ツムラ・桂枝茯苓丸など)は、その後で選んでも遅くない。
体のリズムを整えるのに、劇的なライフスタイル改善は要らない。深夜のコンビニ袋を手にしたままでも、5分の光と週3日の牡蠣缶詰で、体は変わり始める。
有給は、感情のために使う必要はない。
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