「あれ、なんか熱い」夜中2時の洗面台
千葉の持ち家、14畳のリビングを抜けた先の洗面台。夫が寝ている寝室から一番遠い場所で、顔に冷水をかけた。
時刻は2時14分。
生理は来ている。先月も今月も、きっちり28日周期で。なのになぜか体の芯が燃えている感じがして、かけていた毛布を剥いで起き上がったのが夜中の12時で、そこから眠れないまま2時間が経っていた。
33歳。既婚6年目。子どもはいない。
婦人科に行ったほうがいいのかな、とは思った。思うけど、何を訴えればいいのかわからなかった。「暑いんです、でも生理は来てるんです」——それだけを言いに行く気力が、最近どこかに消えていた。
夫との最後のセックスがいつだったか、もう数えることをやめていた。1年以上前なのは確かで、それ以来、体に触れられることへの気持ちが平坦になった。嫌いになったわけじゃない。でも「したい」という気持ちが出てこない。体が乾いていくような感覚、というのが一番近い表現だった。
これが更年期の前兆だと知ったのは、その半年後のことだった。
生理があれば更年期じゃない——その思い込みが2年間、症状を見えなくした
「更年期」という言葉は、だいたいこんなイメージで使われる。
50代のお母さんが「ちょっとホットフラッシュで」と言う。生理が終わって、ホルモンが急激に下がって、そのあとに来るもの。少なくとも自分には、まだ15年以上先の話のはずだった。
でも、30代で更年期の「前兆」が出る女性は、思っているよりずっと多い。
正確には「プレ更年期」と呼ばれる状態で、卵巣機能が緩やかに低下し始める時期が、人によっては30代前半から来る。生理は続いている。でもホルモンバランスは、すでに乱れ始めている。
症状のリストを初めてネットで見たとき、背筋が冷えた。
・夜中に突然体が熱くなる(ホットフラッシュ)
・眠れない、または途中で目が覚める
・気分の波が激しい(理由がなく落ち込む)
・性欲の低下
・膣の乾燥感・性交痛
・疲れがとれない
・頭痛、肩こりの悪化
全部、当てはまっていた。
「これ、私の話じゃないか」と思って、スマホを持ったままリビングのソファでしばらく動けなかった。夫は寝室で寝ていた。夜中の2時半だった。
33歳の卵巣で、静かに起きていること
プレ更年期の原因は「エストロゲンの揺らぎ」だ。
閉経のように一気に下がるわけじゃない。ゆっくり、波打つように変動していく。だから「ちょっと不調かな」程度のことが積み重なって、「なんとなく体がおかしい」という感覚になる。自分でも気づきにくい。
特にストレスのある生活は、この揺らぎを加速させる。睡眠の乱れ、栄養の偏り、運動不足——それぞれが卵巣機能に影響する。
パートで働く33歳の自分の生活を振り返った。
朝7時に夫を送り出して、近所のスーパーのパートは午前9時から12時のシフト。午後2時には家に帰って、そこから何をしているか、正直あまり覚えていない。夕方5時半にまたスーパーへ買い物に行って、夫が帰る7時半に合わせて夕食を出す。テレビをつけて会話して、夫が風呂から出る10時には自分は眠くなっている。
でも、眠れない。
眠いのに眠れなくて、夜中に目が覚めて、朝には疲れが残っている。その繰り返しを、「たぶん年齢のせいだ」「ストレスのせいだ」「運動不足のせいだ」で流し続けて、気づいたら2年が経っていた。
「膣が乾く」という症状と、夫との1年7ヶ月
これは友達には絶対言えない話だ。母にも言えない。誰にも言えなかった。
でもここに正直に書く。
夫との関係が変わったのは、性交痛が始まってからだと思う。
2年くらい前から、ほんの少し痛みを感じるようになった。最初は「タイミングの問題かな」と思っていたが、そのうちに「痛いかもしれない」という予感だけで気持ちが引いていくようになった。構えてしまうと、余計に体が緊張する。緊張すると、また痛い。
避けているうちに1ヶ月が経ち、3ヶ月が経ち、気づいたら1年7ヶ月になっていた。
会話はある。夕食も一緒に食べる。週末は2人でイオンに行く。でも寝室での距離だけが縮まらない。
エストロゲンが低下すると、膣の粘膜が薄くなり、潤いが減る。それが乾燥感や性交痛に繋がる——これもプレ更年期の症状のひとつだと、後で知った。
自分の体が原因だったと知ったとき、怒りとも安堵ともつかない感情が来た。夫のせいでも、自分の「気持ちのせい」でも、夫婦関係のせいでもなかった。ホルモンだった。
婦人科に行くのが怖かった本当の理由
行けばいいとはわかっていた。でも行けなかった。
「33歳でこういう相談をする人だと思われないか」という謎の抵抗感があった。更年期なんて、まだ早すぎる。そう思われないかと怖かった。
婦人科というのは、生理痛や妊活や、そういうことで来る場所だという先入観があった。「なんか体が乾いていて、夫と触れ合えなくて、夜中に体が熱くなります」——こんなことを言っていいのか、自分でもわかっていなかった。
千葉から都内の婦人科まで電車で40分。予約して、待って、診察台に上がって、また電車で帰る——そのプロセスを想像するだけで体が重くなった。
動けたのは、婦人科のオンライン診療という選択肢を知ってからだった。
スマホでサイトを開いて、問診票に入力して、ビデオ通話で医師と話す。それだけで診察を受けられる。待合室で見知らぬ人と並ばなくていい。千葉から移動しなくていい。昼休みの15分でできる。
問診票に書いた症状を読んで、医師は言った。「プレ更年期の可能性があります。ホルモン検査をしてみましょう」。
その一言を聞いて、なぜか泣きそうになった。「気のせいじゃなかった」というだけで、これほど楽になるとは思っていなかった。
エクオールを飲み始めた3ヶ月後に変わったこと
ホルモン検査の結果は「FSH値が少し高め」だった。
閉経ではない。でも、卵巣機能が揺らいでいることを示す数値だった。医師の言葉は明確だった。「30代でこの数値が出ることはあります。ただし放置するより、早めに対処したほうがいい」。
提案されたひとつが、エクオールのサプリメントだった。
大豆イソフラボンが腸内で変換されてできる成分で、エストロゲンに似た働きをする。ホルモン補充療法(HRT)と違い、処方箋なしで始められる。更年期症状の緩和に取り組む女性の間では、すでに広く使われている成分だ。ただし、エクオールを体内で生成できるかどうかには個人差があって、生成できない人には効果が出にくい場合もある——そのことも医師から聞いた。
飲み始めた。最初の1ヶ月は正直よくわからなかった。2ヶ月目あたりから、夜中に目が覚める回数が減った気がした。3ヶ月後には、体の乾燥感が少しずつ変わってきた。
「気がした」という曖昧な表現しかできないのが正直なところだ。劇的な変化ではない。でも、以前は確実にあった「痛いかもしれない」という構えが、少し解けてきた。
エクオールは万能じゃない。症状が重い場合は、ホルモン補充療法(HRT)や低用量ピルが選択肢になる。それは医師が決めることで、サプリだけで全部解決するわけじゃない。でも「まず何かを始める」という意味では、自分には合っていた。費用は月に3000円から5000円ほど。婦人科に行けずにいた2年分を考えると、遅すぎたくらいだと思っている。
フェムテックという言葉を知る前から、私はそれを必要としていた
プレ更年期について調べているうちに、irohaというブランドを知った。
女性の身体のためのフェムテック製品を展開しているブランドで、膣の乾燥ケアに使えるボディケアのラインがある。使ってみるかどうか、まだ迷っている段階だ。でも、「こういうものがある」と知っただけで、少し気持ちが変わった。
自分の体の問題を、解決しようとしている人たちがいる。それを自分が選んでいい。
33歳で体の変化を感じることは、恥ずかしいことじゃない。でも長い間、そう思えなかった。「まだ若いのに」「生理があるのに」「更年期なんて早い」——そういう言葉が、誰にも言えない理由の一部になっていた。
ホルモンの変化は、年齢に礼儀正しく従わない。33歳でも来る。30歳でも来る人がいる。それを「早すぎる」と思って見過ごすのが、一番もったいない選択だったと今は思う。
今、同じ洗面台の前に立っている人へ
夜中に体が熱くなる。眠れない。気持ちが平坦になった。夫との距離が縮まらない。理由がわからないまま、体がどこかおかしい気がする。
それを読んで「自分のことかもしれない」と思った30代の人に、ひとつだけ言える。
婦人科のオンライン診療は、思っているよりずっとハードルが低い。スマホ1台、昼休みの15分で、診察を受けられた。問診票には正直に書けばいい。「性交痛があります」「夜中に目が覚めます」「気持ちが乾いています」——そのままを書けばいい。
ホルモン検査を1回受けるだけで、「プレ更年期なのか、別の原因なのか、気のせいなのか」がはっきりする。はっきりすれば、選択肢が見える。エクオールを試すのか、HRTにするのか、まず生活を変えるのか——それはそのあとで決めればいい。
33歳で更年期の前兆が出ることは、異常じゃない。でも知らないまま2年を過ごすのは、もったいなかった。
もし2年前の自分に声をかけられるなら、夜中2時の洗面台でこう言う。
「暑いのは気のせいじゃないし、乾いているのも気持ちのせいじゃない。一度、スマホで婦人科を予約してみて。それだけでいい。」
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