午後9時43分、渋谷の営業所を出た沙織さんが玄関を開けると、彼氏はリビングのソファでスマホを見ていた。
「ただいま」と言いかけた声が、思ったより低く出た。悪意はない。怒る理由もない。でも胸の奥が、ざわざわしていた。
その夜の夕食はコンビニで買ったサラダチキンと500mlのルイボスティー。食欲がなかった。お風呂を終えてイヤホンをつけ、医学系YouTubeをつけたまま深夜12時50分まで眠れなかった。
生理まであと11日。彼氏との交際3年目の秋に、こういう夜が毎月やってくる。
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※この記事は医学的・一般的情報を提供するものであり、診断・治療を目的としない。症状が続く場合は医師・婦人科・かかりつけ医に相談してほしい。
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— プロゲステロン(黄体ホルモン)とは、排卵後に卵巣の黄体から分泌される女性ホルモンで、子宮内膜の安定・体温上昇・妊娠維持に関与する。月経周期の後半(黄体期)に分泌量がピークに達し、生理直前に急激に低下する。
「わたしってメンタルが弱いのかな」と思い続けた3年間

彼氏と付き合って3年が経つ。喧嘩はしていない。夕食は毎日一緒に食べる。でも帰宅すると、お互いが無言でスマホを眺める時間が確実に増えてきた。
沙織さんが「おかしい」と気づいたのは、感情の波がほぼ毎月、まったく同じタイミングで現れることに気づいてからだ。生理の10〜11日前から始まる。急なイライラ。眠りの浅さ。美味しいはずのものが美味しくない感覚。そして理由もなく「全部やめたい」という気持ち。
「生理前だから仕方ない」と職場の先輩は言った。友人も「わかる〜」で済ませた。
でも——本当に仕方ないのか。
2026年1月のある深夜、医学系YouTubeで「プロゲステロン不足」という言葉を聞いたとき、沙織さんはスマホを置いてPubMedを開いた。「progesterone deficiency PMS」で検索した英語論文を読み込んで、「これ、わたしのことじゃないか」と声を出した。深夜12時50分、スマホの画面だけが暗い部屋を照らしていた。
「生理前だから仕方ない」は医学的に不正確だ

結論を先に言う。プロゲステロン不足が原因で起きる症状は、「仕方ない」ではなく「原因があり、対応できる可能性がある」ものだ。
排卵後の黄体期にプロゲステロンが十分に分泌されない状態を黄体機能不全という。日本産科婦人科学会の定義では、黄体機能不全は黄体期のプロゲステロン分泌が不十分で、子宮内膜の維持が損なわれる状態とされている。
この状態では、エストロゲン(卵胞ホルモン)に対してプロゲステロンが相対的に少なくなる「エストロゲン優位」が起きやすい。エストロゲン優位の状態は、気分の不安定・浮腫・乳房の張り・睡眠の乱れといった症状と関連するとされる。
「生理前だから」という言葉は現象を指しているが、原因を語っていない。原因はプロゲステロンの急落であり、それは生理周期の構造的な問題として対処できる可能性がある。
プロゲステロン不足が引き起こす症状——「性格の問題」と片づけてきたもの
プロゲステロン不足の症状は、精神面と身体面の両方に現れる。
精神・神経系の症状:
身体的な症状:
これらは「生理前の不調」として個人の体質に帰されがちだが、プロゲステロンが自律神経系に直接影響している可能性がある。特に黄体期(排卵後〜生理前日)に集中して症状が出る場合は、ホルモン環境の変化として捉え直すべきだ。
それはPMSなのか、プロゲステロン不足なのか
Q. PMSとプロゲステロン不足は同じことですか?
A. 厳密には違う。PMSは症状の総称であり、プロゲステロン不足はその原因のひとつと考えられている。
月経前症候群(PMS)を引き起こす要因には、プロゲステロンの急落だけでなく、セロトニンの変動やGABAへの影響なども含まれる。ただし、黄体期のプロゲステロン分泌が不十分な場合にPMSが重症化しやすいとする報告がある(Wyatt KM et al., BMJ 2001)。
つまりPMSとプロゲステロン不足は重なる部分が大きいが、イコールではない。自分の不調がどちらに由来するかを知るには、基礎体温の記録と婦人科での血液検査が最初の手がかりになる。
「体温グラフ」が正直すぎる
Q. プロゲステロンが足りているかどうか、自分で確認できますか?
A. 完全な確認は血液検査でしかできないが、基礎体温の記録が最初の手がかりになる。
プロゲステロンには体温を上昇させる作用があるため、排卵後に体温がしっかり上がらない(高温期と低温期の差が小さい・高温期が短い・体温が不安定)場合は、プロゲステロン分泌が不十分な可能性がある。
沙織さんは6ヶ月前からルナルナで基礎体温を記録している。高温期の体温が36.6〜36.9℃とばらつく月があることに気づいていた。フェムテック記事で読んだ「高温期の安定度がホルモン分泌の状態を映す」という情報を読んだとき、自分のグラフが頭に浮かんだ。
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プロゲステロン不足の症状は「気持ちの問題」ではなく、ホルモン環境の変化として体が出しているサインだ。完全なコントロールは難しくても、食事・睡眠・セルフケアの積み重ねが黄体機能をサポートする可能性がある。そして毎月繰り返すなら、専門医に相談することが最も確実な次の一手になる。
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エクオール・亜鉛・B6——食事でできることとできないこと
「食べ物でプロゲステロンを増やせる」というのは、厳密には正確な表現ではない。ただし、ホルモン合成や代謝に関わる栄養素を意識的に摂ることは、黄体機能をサポートする可能性があるとされている。
Q. エクオールはプロゲステロン不足に効果がありますか?
A. エクオールはエストロゲン様作用を持つ成分で、プロゲステロンを直接補充するものではない。ただし、ホルモンバランス全体を底上げするセルフケアの一環として活用されている。
エクオールは大豆イソフラボンから腸内細菌が合成する成分で、日本人女性の約半数は自力で産生できないと言われている。エクエルは大塚製薬が開発したエクオール含有サプリで、産生できない方が継続的に摂取する選択肢として知られている。プロゲステロン不足の直接的な解決策ではないが、ホルモン環境のセルフケアとして多くの女性が選んでいる製品だ。効果には個人差がある。
「婦人科に行く」は大げさじゃない
Q. 毎月こういう症状があれば、婦人科に行くべきですか?
A. 生理前の2週間に毎月、精神・身体の不調が繰り返すなら、婦人科への相談を強く検討してほしい。
血液検査でプロゲステロン値を測定することで、黄体機能の状態を客観的に確認できる。「たかがPMS」と思い込んで放置すると、PMDD(月経前不快気分障害)に進行するリスクもあるとされている(DSM-5による分類)。
都内で営業職として21時台まで働く沙織さんにとって、平日昼間に婦人科の予約を取ることはハードルが高い。そこで現実的な選択肢になるのがオンライン婦人科診療だ。婦人科オンライン診療なら仕事終わりの夜でも専門医に症状を伝えられ、必要に応じてホルモン検査の案内や処方の相談ができる。「こんなことで行っていいのか」という心配は不要だ。あなたが毎月感じているその不調は、医師に伝えるべき情報だ。
プロゲステロンは感情に直接触れている
プロゲステロンはGABA受容体に作用し、不安を緩和する働きを持つことが知られている。黄体期にプロゲステロンが急落すると、このGABAへの作用が弱まり、不安感や過敏さが高まると考えられている。
「生理前に感情が荒れる」のは、ホルモンが自律神経系に直接作用しているためだ。「メンタルが弱いから」でも「彼氏との関係が冷めたから」でもない。
沙織さんが最近意識し始めたのは、黄体期入りが疑われる14日前から睡眠7時間を確保することと、コンビニの夕食をサラダチキンからルイボスティーと温スープに切り替えることだ。フェムテック記事で読んだ「低糖質の夜食が高温期の体温安定に関連するかもしれない」という情報を、自分なりに実験している。体感には個人差がある。
あなたの不調には、名前がある
毎月繰り返す「生理前の別人感」には原因がある。プロゲステロンの急落だ。
それを知ることが最初の一歩だ。
もしあなたが「生理の2週間前から毎月感情が別人みたいになる」と感じているなら、まず基礎体温を1ヶ月記録することから始めてほしい。ルナルナなどのアプリで十分だ。そこに現れるパターンが、次の行動を教えてくれる。
ホルモンバランスのセルフケアとしてエクエルを検討すること、症状が仕事や生活に影響しているなら婦人科オンライン診療で専門医に相談することが、現実的な次の一手だ。
「仕方ない」で終わらせるには、もったいない不調だ。
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参考情報