電気を消したあとの3分間
本町のワンルームに帰ってくるのは、だいたい夜の10時半。今日も22時32分、靴を脱ぐ前から足が重かった。
電気を消してベッドに倒れ込む。天井を見上げる。すると、また始まる。理由がわからないまま、涙が出てくる。3分くらい泣いたら止まる。朝になると何事もなかったように出社する。
これが今年の2月から続いている。広告代理店に入って2年目、仕事の裁量が増えた。同期より少しだけ評価されて、任される案件が増えた。なのに、毎晩泣いている。
最初は「疲れてるだけ」と思っていた。でも2ヶ月経ってカレンダーを見たとき、ようやく気づいた。泣く日には、規則性があった。
カレンダーを見るのが怖くなった
生理の約7日前から、感情が別人になる。
朝、本町の駅のホームで電車を待ちながら「もう会社行きたくない」が頭の中を埋め尽くす。デスクでミスをすると不釣り合いに落ち込む。会議で一言言われただけで、トイレに駆け込みたくなる。帰り道のローソンで何を買えばいいかわからなくて、400円のサラダを持ったまま5分間フリーズした日もある。
それが毎月来る。決まった周期で。
先輩には言えなかった。「PMSです」なんて口から出なかった。そもそもその名前すら知らなかった、最初は。ただ「自分はメンタルが弱い」「この仕事に向いていない」「社会人として甘い」と思い続けた。
同期が1人辞めた。彼女が辞めた月、私は生理前の7日間で有給を3日使った。理由欄に「体調不良」と書きながら、嘘をついている感覚があった。でも本当のことは書けなかった。
有給が3日を切った日
4月の末、残り有給が3日になった。
転職サイトを開いた。求人を3件見た。閉じた。また開いた。また閉じた。どこに行っても同じだと思った。というより、この体が変わらない限り、どこに行っても同じだと思った。
PMSで検索を始めたのは、その夜だった。
「月経前症候群」「生理前 涙止まらない」「生理前 仕事 行けない」。検索履歴が増えるほど、自分がおかしくない可能性が育ってきた。同じ状態の人が、たくさんいた。
ただ出てくる記事のほとんどは「ゆっくり休みましょう」「バランスの良い食事を心がけましょう」だった。そんなことは知っている。でもそれができない日が、毎月7日間ある。それを何とかしたくて検索しているのに。
「気のせいじゃない」と言ってもらうまで
婦人科に行ったのは、5月の第二週だった。
正直、行くまでに時間がかかった。「婦人科って、何か病気の人が行くところ」という感覚が抜けなかった。でも生理前の1週間だけ毎月崩れるというのは、気のせいじゃないはずだと思った。
先生は話を聞いてくれた。「生理前7日間の症状で仕事に支障が出ているなら、立派なPMSです」と言った。
「立派な」という言葉が引っかかった。ちゃんと名前がある。私の毎月の地獄には、診断名がある。気のせいじゃない。
そこで初めてきちんと理解した。PMSはプロゲステロンというホルモンが排卵後に急増し、脳内のセロトニン濃度を下げることで起こる。つまり生理前のメンタル不調は、気合や根性でどうにかなるものじゃない。ホルモンの波が直接、脳に作用している。「甘えだ」と自分を責め続けた2年間が、少し報われた気がした。
加味逍遙散と、夜11時のセルフチェック
先生から漢方の話を聞いた。
加味逍遙散(かみしょうようさん)。イライラ、憂鬱、不眠を含むPMSに使われる漢方薬で、女性のホルモンバランスの乱れによる情緒不安定に長く使われてきた処方だ。私の症状——夜の謎の涙、仕事中の過剰な落ち込み、朝のやる気の消失——にはこれが適合していた。
飲み始めて最初の1週間は変化がわからなかった。でも2回目の生理周期の前、いつも崩れ始める「排卵日から1週間後」に気づいた。あれ、今日は泣いていない。電気を消した。泣かなかった。
その翌月も。また、少し違った。涙は来たが3分じゃなかった。30秒くらいで止まった。
漢方は即効性より「底を上げる」感覚だと思う。崩れ切らなくなる。ゼロにはならないが、底が上がる。
同時に、生理管理アプリで排卵予測日から逆算して「PMS期間」をカレンダーに入れるようにした。重要な会議をその週に入れない。残業しない日を作る。大きな判断を生理前に寄せない。
これが地味で、最も効いた対策だった。自分を責めるループが「今はPMS期間だ」に変わるだけで、精神的なダメージがまるで違う。
Unlaceに送った、火曜日の夜11時のテキスト
でも漢方だけでは足りない日がある。
特に「なぜ泣いているのかわからない」という状態のとき。漢方は身体の土台を整えてくれるが、頭の中で渦巻くものには届かない。一人でいる夜、誰かに話したくても、話せる人間がいない。友達には言えない。職場には絶対に言えない。
オンラインカウンセリングのUnlaceを試したのは、6月だった。
選んだ理由は、テキスト中心で「話さなくていい」から。電話や対面だと、感情が乱れているとき余計に言葉が出なくなる。でもテキストなら、夜11時にベッドの中から送れる。カウンセラーが翌朝返してくれる。月額制なので、調子の悪い月だけ集中して使える。
最初に送った文章は、こうだった。「毎月同じ時期に崩れます。会社では普通にしているのに、家に帰ると意味もなく泣きます。これはPMSですか、それとも私がおかしいんですか」
返ってきたのは診断でも否定でもなかった。「毎月同じパターンで崩れていることを、自分でちゃんと観察できているんですね」という言葉だった。
観察できている。そう言われたとき、何かが解けた気がした。「メンタルが弱い自分」ではなく、「パターンを把握している自分」に認識が変わった。それだけで、あの夜の3分間の意味が少し違って見えた。
婦人科に行く前の「まず話を整理したい」段階でも使えるし、漢方と並行して使うこともできる。「カウンセリング=深刻な人が行くところ」という感覚は、使ってみて消えた。
もし今、私と同じ場所にいるなら
生理前の1週間、毎月崩れるというのは、あなたの精神力の弱さじゃない。
ホルモンが脳のセロトニンを下げている。それだけのことだ。だから「もっと頑張れ」は的外れで、「整える」が正しいアプローチになる。
私が効果を感じた順番を書いておく。
まず、婦人科またはかかりつけ医に行くこと。「生理前○日から○日に、こういう症状が毎月ある」と伝えるだけでいい。加味逍遙散は市販でも入手できるが、症状を伝えた上で処方してもらう方が自分の状態に合った量と期間で使える。効果の出方は体質によって違うが、「底を上げる」という意味では、私には合っていた。
次に、周期を可視化してPMS期間をカレンダーに入れること。これだけで「また崩れた、自分はダメだ」のループが「今はPMS期間だ、仕方ない」に変わる。言語化の力は思ったより大きい。
そして、一人で抱えている状態が続くなら、Unlaceのようなテキスト型カウンセリングを検討してほしい。話せなくていい。書けばいい。夜11時にベッドから送って朝に返ってくる仕組みは、本町のワンルームで一人で泣いていた私には、十分すぎる選択肢だった。
有給残日数3日だった私は、今9日ある。
数字がすべてじゃないけれど、月に一度崩れ切らなくなったという事実は、この数字に出ている。戦うのをやめて、整えることを選んだら、消耗が止まった。それだけのことだった。
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