電気を消してから3分
2月のある夜。大阪本町のワンルーム、家賃7万2千円の部屋で、スタンドライトを消した瞬間にまた来た。
涙だ。
悲しいわけじゃない。今日特に嫌なことがあったわけでもない。ただ目から、勝手に出てくる。3分ほど流れて、気づいたら止まっている。翌朝は6時45分にアラームが鳴る。何事もなかったように着替えて、本町の駅から地下鉄に乗って出社する。
これが2月から毎晩続いていた。
社会人2年目、24歳。広告代理店に入って去年の4月からこの部屋で一人暮らし。仕事が嫌いとは言えないが、好きとも言えない。今年1月に同期が1人辞めた。送別会の居酒屋でビールを2杯飲みながら、スマホのポケットの中で転職サイトを開いて、すぐ閉じた。あの日から何かが変わったわけじゃないのに、電気を消すたびに泣く。
やばいと思ってGoogleで調べた。「夜 理由もなく 涙が出る 20代 女性」。上位に出てきた記事を5本読んだ。全部、最後に同じことが書いてあった。
「自己肯定感を高めましょう」
「自己肯定感」という言葉が、一番しんどかった
正直に言う。あの言葉が、悩みの中で一番しんどかった。
「あなたの自己肯定感が低いから泣く」——そう言われると、問題が自分の性格にあるみたいに聞こえる。毎晩泣くのも、有給がどんどん減っているのも、転職サイトを開いては閉じているのも、全部「あなたが弱いから」と言われている気になる。
自己肯定感系の記事が勧めてくること、ほぼ全部やった。肯定的な日記を3週間続けた。「今日の自分を褒める」という習慣を7日やった。「自分を責めるのをやめよう」と付箋に書いて洗面台の鏡に貼った。
結果は。
「3週間日記を続けたのに何も変わっていない」という新しい証拠が積み上がっただけだった。「こんなことを7日続けても何も感じない私」という気づきが増えて、余計に落ちた。
自己肯定感を「高める」系コンテンツの本質的な問題は、精神と思考だけで解決しようとするところだ。思考を変えろ、感情を管理しろ、ポジティブに捉えろ。でもそのどれもが、「脳の使い方」を変えることだけに集中している。
体のことを、誰も教えてくれなかった。
生理前の1週間が、私を「別人」にしていた
気づいたのは3月。生理が来た翌日の朝、電車に乗りながら「あれ、昨日まであんなに落ちてたのに、なんで今日は普通なんだろう」と思った瞬間だった。
振り返ると、毎月生理の7〜10日前から明確にモードが変わっていた。有給を使ったのも全部その時期。転職サイトを開いたのも、「私この仕事向いてない」という確信が強くなったのも、上司の一言を夜中まで引きずって眠れなかったのも、ぜんぶ同じ週だった。
逆に言えば、生理が来た瞬間から体がリセットされる。
PMSという言葉は知っていた。「生理前にちょっとイライラする」くらいの認識だった。でも私の場合は「ちょっと」じゃなかった。生理前の1週間、私は本当に別の人間になっていた。泣きやすい、集中できない、自己評価が激落ちする、未来への絶望感が強くなる。あれは「自己肯定感が低い」のではなく、ホルモン変動による脳内環境の変化だった。
そう気づいたとき、初めて救われた気がした。
「私の性格が問題なんじゃない。私が弱いんじゃない。毎月一定の期間、脳内の化学バランスが変わる。それに名前をつけると、PMSだった」。
そう思えたとき、初めて「じゃあ何をすればいいか」が具体的になった。
思考を変えるのをやめて、体から変えた
「自己肯定感を高めよう」ではなく、「今月のホルモン状態を整えよう」に目標を変えた。
最初に試したのがPMSサプリだった。チェストツリー(西洋ニンジンボク)という成分が入ったものを選んだ。プロゲステロンのバランスをサポートすると言われているハーブ由来の成分で、欧州では古くから月経前の不調に使われている。1ヶ月試した段階では「少しマイルドになった気がする」程度だったが、2ヶ月目に入ると生理前の「落ちる深さ」が変わってきた。劇的ではないが、「最悪な週」が「しんどい週」になった。有給の消耗ペースが変わった。
次にやったのが、オンラインカウンセリングのcotreeだった。
最初は抵抗があった。「カウンセリングって、相当追い詰められた人が行くもの」という思い込みがあった。でも毎晩3分泣くことを、友達には言えない。職場では絶対言えない。母にも言えない。どこにも出力できていなかった。
cotreeはLINEみたいな感覚でカウンセラーにテキストを送れる。最初のメッセージは「理由がわからないのに泣く。これはおかしいですか」という一文だった。
返ってきた言葉が想定外だった。「おかしくありません。PMSと慢性的な睡眠負債が重なると、感情調節機能が低下しやすい状態になります。あなたが感じていることには、生理的な理由があります」。
「つらいですね、一緒に頑張りましょう」じゃなくて、情報として返ってきた。それが、一番欲しかったものだった。
セルフケアを「自分を甘やかすこと」だと思っていた頃の話
世間で言われるセルフケアは、バスボムだったりアロマキャンドルだったり、フェイスマスクだったりする。それ自体を否定するつもりはない。でも本町の薬局でパック買って、ダイソーでアロマディフューザー買って、それで「整った」かというと、私の場合は全然そうじゃなかった。
正確には「リカバリー」と「根本対処」を混同していた。バスボムは疲れた夜の回復には機能する。でも毎月来るホルモンの嵐には、毎月流されるだけだ。
本当のセルフケアは、自分の状態を把握して、不足しているものを補うことだと今は思う。
睡眠が足りていないなら寝ること。ホルモンバランスが崩れているならそれを整えること。一人では処理できない量の感情が溜まっているなら、外に出すこと。
私は有給を使わずに出社し続けることを「頑張り」と呼んでいた。「同期が辞めた分まで踏ん張らないと」「私が抜けたら迷惑かける」という論理で、毎月1〜2日の有給を生理前の地獄週間に消費していた。誰かに褒められる「頑張り屋さん」を演じながら、体は正直で、電気を消した瞬間に涙として出ていた。
それはセルフケアじゃない。体へのツケ払いだ。
今、自分に向けてやっていること
具体的に書く。
月経周期アプリで、自分の生理予定日と「生理前警戒期間」を色分けした。D-8(生理予定8日前)からD-1までを赤でマークして、毎朝確認する。その期間に「私ってダメだ」「この仕事向いてない」「将来どうなるんだろう」という思考が来たとき、まずアプリを開いて日付を見る。「今日はD-6だ」と確認できると、その思考の内容に乗り続けることが減った。思考が消えるわけじゃない。でも「この思考は今週の私の特産品だ」と少し距離を置けるようになった。
PMSサプリは3ヶ月目も続けている。生理前の「泣く夜」の頻度が変わった。毎晩ではなくなった。今でも電気を消して泣く夜はある。でも「また来た、今日は何日目、あと何日したら戻る」と分かる状態になると、夜の重さはかなり違う。
cotreeのカウンセリングは月2回程度。毎月定例ではなく「今月特にきつかった」という月に使う安全弁みたいな感覚だ。カウンセラーとのやりとりで、「今の私の状態はこういう構造になっている」という言語化が進む。それだけで、翌朝の感触が変わる。
「自己肯定感を高めよう」とは、もうしていない。代わりに「今週の私の状態をモニタリングする」をやっている。
これを読んでいるあなたへ
もし今、電気を消すたびに泣いているなら。
生理前の1週間だけ「別人」になる感覚があるなら。
「自己肯定感が低い自分」という診断を自分に下して、それを変えられない自分にさらに落ちているなら。
精神論を手放してほしい。
「もっとポジティブに」「自分を好きになって」は、骨折した足に「歩け」と言うのと同じことがある場合がある。まず体の状態を把握して、必要なものを補う。それがセルフケアの本当の入口だと思う。
cotreeのオンラインカウンセリングは、スマホから今日中に始められる。対面クリニックと違って、予約もやりとりも、本町のワンルームのベッドの上からできる。PMSや感情の波を誰かに聞いてもらうだけで、夜の重さは変わることがある。カウンセラーは「つらいですね」ではなく、情報として返してくれる。それが欲しい人には、合う。
PMSサプリを試すなら、チェストツリー配合のものを1〜2ヶ月続けて体感を確認することから始めるといい。成分と体質の相性があるので、飲んですぐ何かが変わるものではない。でも生理前の「最悪な週」が「しんどい週」に変わるだけで、仕事も有給も、感情の消費量も、変わる。
「自己肯定感が低い私」は、性格じゃなくて状態かもしれない。
状態は、変えられる。
本町の部屋の電気を消して、今夜泣いても。それは、あなたが弱いんじゃない。
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